【歴史解説】携帯電話が生まれるまでの話

今日は僕の好きな携帯電話の歴史についてお話ししたいと思います。参考資料として総務省の資料(https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r01/html/nd111110.html)とNURO Mobileのホームページ(https://mobile.nuro.jp/mvnolab/articles/202012_87/)を参考にしています。

1970年 大阪万博

1970年大阪万博、この年に開催された大阪万博にて「未来の電話」としてワイヤレステレホンを展示しました。展示された電気通信館には延べ60万人が来場し人々は体験しました。この時にボタンを押す際に人差し指ではなく親指を使う傾向にあるなど、後の携帯電話の開発のヒントが得られたと言われています。

ワイヤレステレホン 総務省HPより

1979年、日本電信電話公社は民間用として世界で初めてセルラー方式による第一世代アナログ自動車電話サービスを開始しました。ちなみにセルラー方式とはサービスエリアを小さく分割しそれぞれに基地局を設置してユーザーの移動に合わせて追跡接続する方式です。(現在の携帯電話と同じ方式)名称からも分かる通り当初は自動車の中でも通話を可能とするという位置付けでした。

1985年、自動車の外からでも通話が可能なショルダー型の端末が登場しました。重量が3kgで価格が保証金20万円、月額基本使用料2万強、通信料金は100円/分もかかったため使用は一部の者に限られました。

ショルダーホン  総務省のHPより

1987年に入りNTTが携帯電話と称したサービスを開始した。この端末はショルダーホンより小型化、軽量化していましたが、750gもありました。

1980年後半から1990年前半にかけてポケットベル(ポケベル)が普及しました。当時は家や職場以外では電話ができなかった時代でしたが、ポケベルの普及で外出等で電話を受けられない人とも連絡を取ることが可能でした。ポケベルの源流となるものは1968年に開始した無線呼出サービスでした。当初はメッセージは送れずに着信音を鳴らすことのみが可能で、端末に数字が表示できるようになったのは1987年でこの頃から一般への普及が始まりました。ただポケベルはメッセージの受信はできましたが、送信は行えなかったので一方向のコミュニケーションと言えます。

ポケットベル 総務省HPより

携帯電話の普及

携帯電話が急速に普及したのは1993年〜1998年ごろと言われています。この時期、携帯電話の小型化、低廉化が進み、PHSサービスが開始されました。”リアルタイム”に”双方向”のコミュニケーションが一般化され始めました・

1991年NTTより当時世界最小とされた超小型携帯電話mova(ムーバ)シリーズが発売されました。また、折り畳みタイプもあり発売当初の重量は約230gと従来機種よりも小型、軽量化しました。

1993年より通信方式がアナログからデジタル方式(第2世代)によるサービスが開始されました。ノイズの軽減と電池持ちの向上、価格の低下が見られました。保証金は10万円、新規加入料は4万円強、レンタル料を含む月額の回線使用料は1万7千円となりました。参考までに携帯電話の料金の推移を載せます。

総務省のHPより

PHS〜もう1つの移動通信サービス〜

ポケベルと携帯電話の他に移動通信サービスの進化の中で重要な役割を果たしたのがPHS(Personal-Handy-Phone System)です。サービス開始は1995年でコードレス電話機を発展させた日本発の規格です。携帯電話よりも基地局を小さく、安く設置でき、携帯電話の電波が弱かった地下鉄、大規模なビルなどの場所での通信で強みを持っていました。インフラコストが低いので料金も低廉でした。しかし基地局の整備が進まなかったことや携帯電話の料金が安くなったこともあり契約数は減少していきました。2020年7月末には一般的なPHSサービスは終了となりました。

総務省HPより
総務省HPより

フィーチャーフォンの全盛

フィーチャーフォンの進化は1999年〜2008年ごろに続きました。競争の加速による料金の低廉化や端末の多様化を受けて携帯電話の普及は更に進展した。1999年にPHSの電話番号が10桁から11桁になり、NTTドコモが携帯電話対応のインターネット接続サービス「iモード」を開始しました。2000年にJ-PHONEが世界初となるカメラ付き携帯電話を発売しました。当時は11万画素でしたが、2003年には100万画素と進化を遂げました。2005年にはドコモから「おサイフケータイ」のサービスが開始されました。

さて、これらのサービスは日本独自の進化であったため、かえって世界の市場では通用しにくくなったそうです。この趣旨から日本の多機能な携帯電話端末は「ガラパコスケータイ(ガラケー)」とも呼ばれるようにな理ました。しかし、現在ではスマートフォンではない端末(フィーチャーフォン)を指すものとなっています。

スマートフォンの登場・普及

日本で多機能な携帯電話端末が進化する中で海外でもPCに近い携帯電話端末の開発が進められました。このような端末は「スマートフォン」と呼ばれるようになりました。2007年に初代「iPhone」が発売、2008年に「iPhone3G」で日本でもソフトバンクモバイルが発売を開始しました。auが2011年にiPhone4sで、ドコモが2013年のiPhone5s/5cで発売をそれぞれ開始しスマートフォンの利用はますます拡大しました。また2009年にはAndroid対応のスマートフォンも発売されました。

終わりに

今回は携帯電話の歴史についてお話ししました。フィーチャーフォン全盛の頃は僕自身もソフトバンクショップで店員として販売に関わっておりましたので3ヶ月単位くらいで新機種が出てくるたびに目新しい機能や端末の形も多岐に渡っていて、スライドやアクティブターン、サイクロイド(AQUOSの機種にあった、画面が横になる)、縦や横どちらでも開ける機種(パナソニック製)などがありましたし、フィーチャーフォンなのにタッチパネルが搭載された機種(930SCや931SC、確かサムスン製)などありワクワクでした。

その中でiPhoneの新機種発売は記憶に残る出来事です。iPhone4の頃くらいから予約日から来店が凄く、当時は店舗での予約のみでしたが、その予約する端末のサーバーがダウンすることもあり、いい意味でも悪い意味でも”お祭り”でした。 是非、参考にして頂ければと思います。




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